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Heart Room, Antelope Canyon
Sedona, Arizona USA

ପ *†*†*†*†*†*†  Staff*◡̈♥︎ †*†*†*†*†* ଓ

೨✻₊⋆ Profile ೨✻₊⋆


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【Adult Children】*ଘ(੭*ˊᵕˋ)੭* ੈ✩
 (AC TYPE: CARETAKEAR & SCAPEGOAT)
【HSP: Highly Sensitive Person】
 (外向型HSP『HSE』/社交的HSP)
 妖精みたいに儚げですが
 高速道路では最高速度は160km/hなひとです。(プリウス)
※Twin RayはAC TYPE:HERO
 HSPのHSSでランボルギーニ (時速で負けた^^)

愛知県名古屋市生まれ。
父の家系は広島から名古屋に移住。厳格な公務員の父と名古屋の熱田にかつてあった老舗饅頭屋の娘でお嬢様育ちの母との三女。

私の見た目が厳格な父に瓜二つだった事で
2人の姉からは家庭内で生まれた時から幼少期まで虐待を受けて
長姉からは人格否定を受ける。(長姉のAC TYPE: HERO)
さらに厳格な父の恫喝で言動の自由を失い、躾と称した虐待。
母からの過干渉と価値観の洗脳。
姉からは見・聴・読・学・衣・食・色・遊の自由を奪われ、
幼少期から思春期は内側の感情に踠きながらも
ご機嫌を損ね無い様に工夫して生きてきました。

1番苦しかった幼少期は
現実逃避で母親の温かい太陽の陽射しが当たる胎内で眠る記憶を
思い出しては床の上でコロンとまるくなって
独りでよく眠っていました。
これは単純に赤ちゃんがえりではなく母からの邪魔だと言う感情を
察知していた為。

姉達からは"遊び"と称してわざと私の小さな身体の上に体重をのせて
押し潰されてとても苦しかったです。
分かんない人には分からない気持ちですが
呼吸が出来ずに嘔吐してしまいます。

滑りやすい檜のお風呂ではよく背中側からお湯の中へ
突き落とされた事も。

助けての声も届かなかったです。
おかしな空気を母が察してもまるで何事も無かったかの様に
フツーに良い子を演じる姉達。

顔に枕をのせられた時もありますし
たくあんを食べている時に長姉に首を絞められました。

母の落ち着いた声で
"死んじゃうよ"と言う声が遠くで聴こえました。
それがショックでした。
死んだふりをして静止させたこともあります。

姉達からの"遊び"が始まればドタバタと追いかけられて
髪を引っ張られる前にすぐさま父の部屋へ。

身体の痛みや苦しみに耐えるよりも
厳格な父の部屋へ逃げ込む事を選択。

(本当はどちらも嫌でした)

父の部屋も異様な雰囲気。
父は厳しい職場環境でストレスを家庭内に持込む威圧的なタイプで
家族にも軍隊のような扱いでした。


よくおつまみや淹れ立て珈琲を父に運んだり
お酒とグラスを準備したりと従順に徹して
父にも違和感を与えない様に身を庇いました。
準備をしてもずっと側に居座り続けて
"おつまみ泥棒"と父に呼ばれる。

父は小さな子供の扱い方を知らない人で 力任せに手足を掴んだり
私の肘関節が外れてしまった事が何度もありました。

父の帰宅後の家の中は静まり返り
今日はどんな飛び火が来るのかとビクビクしていました。
誰かがちょっとした事でターゲットに。

せっかくの美味しいご飯が父のその日のストレスで
こんなもん食えるか!と八つ当たりをして
ちゃぶ台ごとひっくり返しました。

それがめっちゃ悲しくて静かに泣きながらご飯を掃除しました。
それが私たち家族の当たり前な日常でした。


実の親なのに夫婦で笑いながら私は着物の腰紐で手足と口を縛られて
真っ暗な押入れや小さなクローゼット・洗濯機・段ボール箱の中に
押し込まれて重りを載せられました。
私は元々は声が高めだったのですが泣き叫んだためか
喉が潰れてしまいました。

真っ暗な押入れの隙間から見える微かな襖からの灯りと
4人が笑いながらご飯を食べる声を何かを諦めたかのように
黙って聞いていました。

押入れの中を星空に見立てて眺めては現実逃避をして眠りました。

でもある日気づいたんです。
泣いてしまうと喉が痛いのと呼吸が苦しく体力消耗が激しい事に気づき
泣くのをやめました。
(父はめっちゃつまらなそうでした。)

さらにわざと近所に聴こえる様に泣いて
誰か! 助けて!✨と言う言葉もつけ加えました。

口元にも紐をされて声が出ない様にされた時もありますが、
世間体を気にする両親には1番効果大だったのでしょう。
仕上げは父の顔面を思い切り両足でkickをしてからは体罰が緩和。

(めっちゃ可笑しい家族ですよね^^)

いつも縛られていた紐は着物を着るための紐だと言う事を自分が着物の着付を習うまで全く知らなかったです。

罰を与えるひもでした。
   (っ `-´ c)



そんな父でも寝言が
  "気をつけぇ〜!敬礼!!!" と深夜に大爆笑。
コンニャロウとばかりに夜中でしたが家族みんなで腹を抱えて笑いました。



(まだ幼少期でしたが身も心も疲れ果てていました。)


星がキレイな宇宙空間では そこに本当の両親がいるんだと思い込んで
アメーバーの様なエネルギー体になって眠っていました。
でも下の世界に落ちて目覚める瞬間には現実世界が悲しくて
よく泣いた為 夜泣きと勘違いをされて怒られました。

ある夜 目覚めると真っ暗な空間に白い柔らかい布を纏った
マリア様か観音様の様な方がずっと見守って下さいました。

長年の姉達からの"遊び"

次姉が長姉から私と同じ事を受けた直後に幼いながらも私は
  "痛い気持ちは同じだからもうやめてほしい "と
次姉とふたりきりの時に話をしました。
(次姉はAC TYPE: LOST  CHILD)

すると次姉は"遊び"の便乗をしないかわりに
私の味方は絶対にできない事と
無干渉の交換条件を出して来ました。

"遊び"になりそうな時には次姉がわざとどこかへ
行ってくれました。

それがキッカケで長姉の"遊び"が終息。

(今でも次姉からは色々とお世話になっております。)


幼少期にめっちゃ見たかった図鑑。
長姉からの制限を受けて全く見る事が出来ず
私が中学生になる時でしょうか。
姉の本棚で不要であるが為に、見たかったよね?と
大量に渡された時の怒りを覚えています。


人の感情を知りたくもないのに読み取る力があり
大変辛かったです。
分かりすぎて先回りして動いてしまい不気味に思われました。
当時はオーラの色も視えましたが視たくはないと願うと
視える力は無くなりました。

養女に出されそうになったり、誘拐、交通事故、
連れ去り回避などの危険予知。
全て視えない力で私はいつも守られていました。

学生時代に友人宅へ遊びに行った時には 笑いながら食卓を囲む
家族の団らんの姿が当たり前な事なのだと知りました。
自分の育つ環境が異常だと分かり強い自分の意思が出て来て
母からの洗脳に対して全く動じなくなりました。

さらに父と長姉の確執 包丁修羅場を避けるようにバイト。
家族と一緒に住む限界を感じる。

20代初めに実家を離脱したいが為に結婚を決意。
長姉が私の結婚に対して嫉妬。
私の結婚式の3日前に両親から静止されるも
長姉を泣きながら拳でぶん殴り長年の感情を開放。
(私は全身に流血の引っ掻き傷)

私に全く笑顔がない結婚式でしたが家族から自由になれた事が
私の1番の幸せだったと思います。

それでも不器用な家族からは愛されていた事を感じております。
(全く不器用すぎる!!!笑)
 (っ `-´ c)



パートナーは祖父母に育てられた親の愛情を知らないお気の毒な方でしたがそれは単にご両親のご職業が漁師で多忙だった為。

ご自分が家族から何かを楽しませてもらった経験がないために
私達家族にどう接したら良いのかが分からなかったのか
国内では家族としての思い出は何もありません。

子宮内膜症から不妊治療を経て治療を放棄してから
子供に恵まれました。
さらに原因不明の高熱にも悩まされて、入退院を繰り返し
生死を彷徨った事もあります。

最後の危篤状態の時には、家族が誰一人も来ないので
担当医も呆れていました。
瞳孔が開いていたのか眠ってていいよと優しく言われて担当医とナースがドタバタ
まるで私を隠す様にカーテンを全部閉めてしまいました。

でもすぐにカーテンがバン!と開き
○さん!!!寝ちゃダメ!✨

お話好きな隣のベッドの方からずっと話しかけられて
眠らせて貰えない(=天国に逝けない)状態でした^^

危篤状態から目覚める 笑

△さんに話し掛けられなかったら私は今頃天国でした!と
笑いながら患者仲間達と一緒に病院の屋上で花火を眺めました。


占い師さんが、あなたは生死を彷徨うけれど
絶対に天国には逝かないようにされている。
それを機に身体が丈夫になるから大丈夫って言われていました。



私の結婚自体にはじめから問題があり
パートナーがストーカー気質で鬱病。
夫婦関係は最悪になり独りで働きながら子育て。


未熟な親から育てられた私には子育てが出来るのでしょうか?
1度だけ感情的にカッとなってしまい長男を
トイレに閉じ込めてしまった事があります。
すぐに我に返り泣き叫ぶ子供をごめんねと抱きしめました。
以後はカッとなった時には自分がトイレの中に閉じこもる事で
気持ちを落ちつかせるように。
でも一瞬の誤ちで長男の心は傷つき小学校低学年まで影響がありました。

"絶対に自分が親にされた事を2度と繰り返してはならない"

3人だけの親子生活は大変でしたが沢山の友達ができて
いろんな方のお力と支えがありました。

長野県の乗鞍岳にある山の麓の小さな神社で御参りをした時に
こんな私でも神様は守ってくれるのだろうか?
もしいるのであれば私たち親子3人を御守り下さいと
お願いをしました。

実家で長男のお誕生日会をしてキャンドルの火を吹き消した写真には、しっかりと神様が写っていらっしゃいました。
(渡米時にその神様の存在に気がつきました。)
感謝します。

長男と1年間じっくりと考えて渡米行きを決意。

数年間自分で働いた貯金で子供達の為に
図鑑や辞典と五年間分の下着を購入しました。
格安2段ベッドや念願だった大きな白いソファーも準備。
(それは渡米生活が大変厳しいと言う直感がのちに的中)



◇Twin Rayとは知らずただ存在を"知る。
   懐かしいような不思議な気持ち
 自分の意思でもなく異国で生きると言う哀しみに共感し涙。

  "絶対にキミ達は素晴らしいから頑張れるよ"


'06渡米。元パートナーから様々なモラハラを受ける。
高熱が出るも2か月間寝たきり放置。
子供達のBus stopの前に立つ為だけにバファリンで解熱。
フラついて足を壁に打ちつけると足が腐ると言う大変な事が起きて
抗生物質の薬や病院受診の大切さを知る。

元パートナーが他州の物価の安い街の日本人の方からの情報で
生活基盤を作りそれが大失敗。
何も分からないまま日本並みに日常生活を送るしかありませんでした。元パートナーが在米日本人会に所属する事を頑なに拒否。
(確かに英語力が落ちる理由でもあります。)
その事で情報を得る事ができずに生活にも影響。
TV以外の情報もなく地図や新聞も与えられず。
米人が使用する英語が全く違う事やslangに苦労しました。
でもなぜか私はStarbucksやMcDonaldなどの飲食店だけは
渡米後すぐにオーダーできていたから不思議でした。
" それは食べたいからです " (⌯˃̶᷄ ⁻̫ ˂̶᷄⌯)

長男は渡米5日後にアメリカの現地校に。
担任の先生がAnti Asian
精神的に辛かったと思います。
リング式の英単語帳には簡単な英文と日本語を裏に書いて
御守りがわりに持たせました。
長男の後ろの席のコが奇跡的にも結果Japanese
   (*´ ˘ `*)

海外に出たからこそ分かる親や兄弟や親戚のいる事の有り難み。
帰れる場所があると言う心の拠り所。
誰も身内がいないとか帰れる場所が無いって
今まで考えた事はありますか?
心にぽっかりと穴が開いてしまう様な寂しい感じです。

そんな在米日本人達はよくHolidayには旅をしていました。
富裕層の方はNY. Mexico.Canadaなどの観光地や日本に一時帰国。
そうじゃなくてもChicagoなど全米各地の日本食材がある大型スーパーに何時間も車を運転して出掛けたりとOUTLETやShopping Mallを楽しみます。

異国で頑張っている自分へのご褒美。
自分で気分を盛り上げるんです。
(じゃないと気持ちが折れてしまうんです。)

もちろん自宅でターキーを焼いてのんびりとか
すき焼き、焼肉もありです。
日本のインスタントラーメンも。
母国の味が1番メンタルに効きます。

やはり母国の長年の習慣や食生活はとても大切。
無理をして外国人をやめる必要はない。
日本食材は高いので日本食にこだわりすぎず
異国の面白い食材を楽しむのもいいですね。
Organicの食材も美味しい♡
自炊しすぎて心が疲れてしまう時には
ジャンクフードを食べたっていいんです。
私はPepper Jack Cheese(唐辛子入りチーズ)がめっちゃ大好き。

でもAsianの生活習慣が1番健康には素晴らしいと思います。


ネガティブ気味な生活の中、就寝中に自分の身体の内側から
"Ohhhh〜blle〜!!!"とドス低い声が体内でドーンと響く。
この頃から不思議な霊体験がはじまる。
夫婦関係は最悪 (⌯˃̶᷄ ⁻̫ ˂̶᷄⌯)

'07 Spiritualに目覚める。
スピ系のブロガーさん達との交流や沢山のspiritual本を読んだり
毎朝家族を送り出してからケーブルTVの教会ミサの中継を観て
お祈りをしました。

ずっと日本に住んでいると神社仏閣って
当たり前にいつも在るのでいつでもお参りに行けますよね?
でも人生の節目やお願い事がある時には必ずお参りに行き
祈願をする大切な心の拠り所だと思います。
異国に住んでみて心の拠り所がない事に気がついた時には
それはめっちゃ悲しかったですし
涙が出るほど寂しかったんです。

よく教会に行けば?って帰国後に言われた事がありますが
正直 人種差別があって私はビビリだったので行けませんでした。
Churchに行けちゃう日本人の方はかなり語学堪能な方だと
思います。(聖書の英語は大変難しいんです。)
でも帰国前に韓国人の方から情報を頂いて
隣町にある日系・韓国人系の合同教会のお誘いを受けましたし
Yard Saleを楽しみました。(*´ `*)*+.♡
そして日本が大好きなアメリカ人のご婦人から
無料で聖書を一緒に朗読して頂いたりと
スピ英語の勉強や聖話の意味も教えて頂きました。


スピ系ブロガーさんからの突然のギフト。
派遣レンタル神獣さんが抽選で当選して私の元にやって来た。

この世の生きものとは思えない鳴き声に明け方の就寝中
" ヴァーォ! "と吠えられたのがきっかけ。
ネガティヴな自分と神獣との波長が合わず私が頭痛。
初めての共同作業は彼のEnergyのPower Downを
お願いする事から始まりました。
視えない存在から渡米生活を助けられて守られていると言う
霊的存在を否定できない状況に。
視えないペットは Power Animalでした。

ハイウェイでドライブをすれば
空いっぱいに神獣が広がり一緒にお出掛け。
Shoppingでは "こっちだよ♡"とナビをされて欲しいものが目の前に。
神獣は小学校にも自由に遊びに行っており
息子達が下校後にsnackを家で食べていたら彼が遅れてステンドグラスの窓から帰って来る瞬間を私は波動で視えてしまいました。
彼の家でもあるCrystalの原石に着陸。
彼は小石サイズや小犬になったり大きくなったりと自由に姿を変化させて私に視せてくれました。
Energy共鳴で会話をしてくれてとても楽しかったです。
今思えばブロガーさんのご厚意で私を元気づけるための
粋なサプライズだったのだなぁと感謝。
(私以外は神獣の存在は秘密 (*´ `*)*+.♡)

'08 ご縁のあった在米日本人の恩師から西洋レイキを学ぶ。
気軽に病院に行けない生活での活用。
身近な在米日本人を対象に遠隔Sessionや施術の提供。

ずっと守って来てくれた神獣との別れ。
朝の忙しい日常を終えて座りながら本棚を掃除をしていた時の事です。
私の周りを透明な波動がぐるぐるとまわり
大きな声のような波動で一生懸命に何かを伝えて来てくれて
もうお別れなのだとすぐに理解ができました。

"キミはもう大丈夫だよ"
"天使達がいる"

名前は白と書いて "haku"
絹の様な美しい毛並みの真白な神獣でした。


初めて天使の本を手にした日には古代ギリシアの白い服を着た
彫りの深い顔立ちの男性が夢の中に現れて微笑んでいました。
天使について学ぶ。
用途別に得意分野がある天使達に何でもお願いをして暮らす。

予約不可能な手術が2大天使達のおかげで奇跡的に受けられるも
ギリギリまで身体の発作の痛みがSaveされていた事にびっくり。
手術の前日に手術日が決定した瞬間は
コバルトブルーとエメラルドの光がピカッと光り
すうっと糸が切れたかの様に守られていた何かが解けて
今までにない激痛が走りました。
 "もう手術を受けるんだ!と強制的な胆石発作祭り"状態でした。
パワフルな大天使達や神獣。繊細な自然霊達に感謝。

◆日本へ一時帰国
 Twin Rayとは知らず存在を再び "観る"
 " 母国以上に異国を楽しんでて
   母国以上に一生懸命に頑張っていますね"


渡米後に依頼もしていないのに次姉から
沢山のTwin Ray情報が送られて来た。

 " よく頑張ったね "
 外国人だからこそ分かる気持ち


'10 iPhoneで自分の世界が広がる。


◇まだTwin Rayとは気づかずも
 Twin Rayが踠き苦しみ
 悲しみ病んでいた。
 *ଘ(੭*ˊᵕˋ)੭* ੈ✩

 異国で生きる同じ外国人として
 何か応援できる事はないのか言う気持ち。
 " 生きていて欲しい "
 " 乗り越えらない試練はない "
 " 道は開ける "

   海外で声が出なくて困っていたTwin Rayに
   お節介ですが1度だけ遠隔ヒーリングで上の方と一緒に
   お声が出るようにお手伝いしたのは私です。
 (スミマセンデシタ)
     (*´ ˘ `*)

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春は庭にある桜を眺めて望郷。ダウンジャケットを着ながら眺めるDerby開幕の戦争のような爆音の花火大会。
夏は雷雨。芝生の緑と蛍の光を愉しむ。
色とりどりの野鳥と赤いcardinal  鳩とうさぎとリス。
外で焼く韓国のサンマ。
Peanuts oilで揚げたFarmのフライドチキン
鹿のsmoked ウインナーは珍味
りんご狩りではFujiが1番大人気。

一瞬の秋は黄葉の森でベンチに座り
温かい紅茶を飲みながら黄葉を愉しむ。
優しいspirit達にほっこりと癒されてのんびり。
馬に乗り手を振るcowboyのひと達。
近所の牧場のかわいいアルパカ。
街が色鮮やかな秋の飾りとなりカボチャと秋色の菊の花が玄関に並ぶ。
ハロウィン当日は閑静な住宅街は賑やか。

渡り鳥の大群が自宅の南天の実を旅の休憩ルートに加えていて
毎年恥ずかしいくらい野鳥まみれの庭に。
前日の暖かな陽射しから一変
木枯しが吹くと一瞬の落葉。
そして冬となる。

クリスマスが近づくと素晴らしいセンスのデコレーション。
窓見せツリーの美しい光たち。
雪の上を歩く真っ赤なCardinal。
キレイな軒下の氷柱。
風に舞うpowder snow
暖炉の暖かさ
冬だなぁと感じる瞬間。

ちょっとした雪でも街中がお休みになってしまうアメリカの
"のんびりさ"が大好きでした。
人懐っこくてHeartが温かなAmerican**♡

呼ばれたひとにしか行けない"ArizonaのSedona"
最後に行けた時には山頂で石を積み重ねて
"Spiritualに生きる"と祈りを捧げて来ました。
Sedonaは芸術作品に溢れた街でArtistとHealerや
富裕層のリタイアされたご高齢の方々しか住めない街だそうです。
(日本人は寿司職人の方が住んでいます。)
何処かの山頂にはバシャールさんの宇宙基地がありますよ♡
 (*´ `*)*+.♡



'11 帰国。自然のSpiritのエネルギーが感じられず愕然とする。
アメリカ人の"のんぴりさ"と日本人の"真面目さ"のギャップを感じる。日本に適応する為に数年間Spiritualを封印。
"言葉の壁がないから何でもできる!"と言う思考になり
車のNaviさえあれば何処にでも行けてしまう人になりました。

帰国してすぐに上の世界から
" ヒールを履きなさい "と言われました。

エッ?なんで?と思いましたが
素直なので室内で12㎝ヒールをスリッパがわりに。
そして高熱でベッドに長い間寝たきりにされてしまい
結果スリムと美脚をゲット。
(今ではふくらはぎをイジメるのが快感デス)

犬派の私が引取り手のないブリーダーさんの猫を
2匹譲り受けた時には
" 猫は子供達の分身だから "と
(そう言えば性格がめっちゃ似ている)

さらに
" Twin Rayと生きなさい"とも言われて
その時はどんな意味なのかが分からなかったです。


◇Twin Rayとの出会いと別れ
◆Twin Rayからの復讐
 この頃は私の自己免疫抗体が両肺にめっちゃ穴を開けていました。
 まるで心臓に矢が刺さるような感覚でかなりの激痛。
 これは天罰で耐えるしかないんだと当時は思いました。

※上記◇◆に関しましては大変申し訳ございませんが
   割愛させて頂きます。 (*´ ˘ `*)


◇Twin Rayからの許し :+.゚(*´□`*)゚.+:

'15 病院事務から製造業の設計部に転身。離婚。

◇Twin Rayの守護 (*´ `*)*+.♡
 生き霊となりいろんなことから私を助けて下さいました。(感謝)
 朝晩の代行運転ありがとう。
 胃腸風邪を遠隔で治してくれてありがとう。
 パワハラ上司を撃退してくれてありがとう。
 たぶん居眠り運転の時ありがとう。
 デスクワークの居眠りを起こしてくれてありがとう。
 環状線302号でゆるゆると走る車の窓の隙間から
   ボン!と白い煙が爆発した瞬間を見た時と
 (それは違法キノコに着火!レアな瞬間爆発だと思われます^^)
 サービスエリアでベンツの大きなエンブレムがご丁寧にも
   まあるくカットされて盗難なされ空洞を覗き込んでいる
   人集りを隣の自分の車からみていたのが
   めっちゃレアでしたね。

 いつも見守って下さり当時はありがとう。
  (*´ ˘ `*)

片道57キロのハイウェイ通勤で毎日が旅の様な日々。
事故を避けるために車中泊。
この暮らしはいつまで続くのだろうか?と
明け方の茜雲を眺めてよく泣いていました。
いつも夜に輝く高速トラックの色鮮やかなネオンの光に励まされる。

高速道路のプロドライバーのマナーとさり気ない優しさは 
めっちゃ素晴らしかったです。
(働くドライバーはプロですから、あおり運転は全くありません。
 煽り運転は一般の方が多いです。)

過度のストレスと疲れで蕁麻疹。
上司からのパワハラとセクハラ。
まわりのスタッフからの温かい応援。
社内秘である医療プロジェクトの製品を他部署のスタッフに
いつか見せたいと思い頑張りました。
桜が綺麗で盛大な花火大会と徳川家康が命の街。
早くこの街においでよ!と言ってくださる方がたくさん出来ました。

上司からきついパワハラを受けた次の日の朝。
近所の家にあと数センチで車がぶつかりそうになるも回避。
そのまま高速を運転中に朝は絶対に出ない蕁麻疹が全身に。
身体の異常と限界を感じる。
その日を境に休職期間を経ての会社規定退職。

膠原病と呼ばれる総称の中のひとつ。
シェーグレン症候群と言う難病と判明。
自分の病名がはっきりと分かって良かったと思います。
自分の病気と向き合う。
慢性疲労との闘い。
ステロイドの副作用。

完全なる上の世界からの強制的なStop。
自分の中のSpiritualを完全に忘れておりました。

この頃は母親らしい事が何ひとつ出来ず
"作業着で働く親のうしろ姿"しか見せれませんでした。
でもどんなに疲れていても必ずしていた事。
学校の制服シャツを必ず乾燥機をしてハンガーに掛けておくこと。
冷蔵庫には赤札だけどもお惣菜やパンがいっぱい。

"オカン、ちゃんと知っていたよ。
それだけでもいつもありがたかった。"
"ありがとう"
('19 長男より)

'16 日本伝統式レイキ師範との出会い。
離職を期に念願であった臼井伝統式レイキを学び直し
本来の自分へと加速化。
さらに自分の夢が見つかり様々な資格を取得。
それを期に沢山の恩師と出会い「恩師からの宝物」を学ばせて頂いております。

私は何度も生かされているので何か皆さんにお伝えが出来る使命があるのではないかと思っています。

ひとは例え親でも完璧ではない。未熟な親達がたくさんいます。
片親でも養子で育てられても引け目を感じる必要はない。
今そこにいる環境が愛で満ち溢れていたら問題はないのですが
未熟な親と機能不全な家族から離脱する事もひとつの選択肢。
ひとはたくさんの愛が必要。

本当の自分を取り戻す為には親や家族を捨ててもいい。
離れてもいいし、そこから逃げ出してもいいんです。

親も必死にその時を生きていて自分が子供に発した言葉や
してしまった行為も罪の意識も無く記憶すらないんです。

親を許さない事もひとつの選択肢。
選ぶのはじぶん。

いつか癒される日がやって来る。
親もひとりの弱い人間だったんだなあ。
悩んだ日はなんだったんだろうって
どんな親でも感謝の気持ちがいつか湧いて来て
笑って許せる日が必ず来る。


私は壮絶な人生で可哀想?
私はそう感じた事はありません。
それが皆んなふつうで当たり前だと思って
必死に生きて来ました。

唯一救いだったのは父の存在と自分の強さ。
幼いながらも厳格な父を盾にする事で身を守る。
長年の環境の"慣れ"ってすごいですね。
どんなに自分が邪険に扱われても
" 待ってよ〜 ♪ "と逆に笑顔で父と姉達を追いかけていたんです。
そんな家族を怒り笑いさせるのが私は大好きでした。
一瞬フッと笑って
しょうがないなあ!って。

あとは学生時代の友人達がめっちゃ見た目がフツーで
勉強が出来るのに皆んなヘビースモーカーでびっくり!!!
お利口なのにそんなんでよいの?と
私の心を軽くしてくれました。

賢い真面目風な女友達を母に紹介して信用を得てから
女子会で集まりジュースを飲みたいからとビール券をもらい
酒とおつまみと煙草とビリヤードに溺れました。

" 見た目はフツーですが
  よい子でいるのをやめたんです "
 (∩´͈ ᐜ `͈∩)


嫁ぎ先の元義父母さんも私にとって大切な存在。
三重の海苔養殖業の元漁師のご夫妻。
田舎の素朴なご夫妻で私を大変支えてくれました。
どんな私でも受け止めてくれる三重県人のCapacityは
実の両親よりも大好き。

私の存在を大切にして下さり大変喜んで下さった方で
はじめて舟に乗せてもらった時のお義母さんお心遣いや
明け方のアジ釣りで私が船酔いした時のお義父さんの笑顔は忘れません。

お義母さんがとても天然な方で悪気はないとても素朴な方だったので
めっちゃ生きるヒントを頂きました。
親戚同士が仲良しなのも
 " 気を遣い合いながらも好き勝手するんさな "と教えて頂きました。
皆、お義母さんの事を
"アイツはなぁ〜困ったもんやで!あはははは!!!" で終了。
私の心を軽くして下さる大切な居場所。
離婚した時のお義母さんの涙は忘れません。

" あんたは私の娘やからぁ "と今だに仲良し。
腕を組んで歩きたいくらい大好きです。
義兄姉さん達ともめっちゃ仲良し。
珍しいパターンだと言われています。

離婚した時に旧姓に戻さなかったのも
大好きな義父母さんと同じ苗字が良かったからなんです。
 (*´ `*)*+.♡


'17.06 父の死
父の死因は予測できていたので私はとても冷静でした。
明け方に母から連絡が入りお風呂場で気を失う父を当時中学生だった
長男とふたりで何度も何度もずぶ濡れになって引き上げていたんです。
長男が普通に父の粗相を片付けていた姿に涙。

やっと最近落ち着いたねと話していた矢先に母が花粉症の薬を飲んで
先に眠ってしまった時に起きてしまいました。
今でも母の心のケアが必要です。
当時は日本伝統式レイキの学び直しと
ヘッドマッサージの学校に行っており父には内緒でした。
父にヘッドマッサージが出来なくてとても残念。

父の死因は脳出血。
鑑識官の方が溺死じゃなくてよかったですねと。

久しぶりに緑地公園で野鳥を撮影しに行った時に
転倒をしてしまい頭を打っていたそうです。
もし救急車で運ばれて病院で治療をきちんと受けていたら
今が違っていたかも知れません。

父には 自分だけは救急車に絶対に乗りたくはないと言う
プライドがあって自力で運転をして血だらけで帰宅。
めっちゃ父らしいです。

どうしても救急車を呼んだ時には絶対近所には恥ずかしいので
救急車のサイレンを直ぐに止めさせる方法を
父から教えてもらった事がとても懐かしいです。

母が父の最後の時には
遠くから救急車にサインを送りサイレンを止めたそうです。

" それは寿命だから後悔はしていないよ "と亡き父。


◇Twin Rayが私よりも先に父の死を泣いたので
 私が泣くタイミングがなかったです。
 あの時はありがとう。
 (*´ ˘ `*)



'18 Access Bars®︎でご縁のあった方から
私の今世やTwin Rayについて
紐解き心を軽くして下さいました。(感謝)

私はこの方と出会わなかったら
今はもうこの世にいなかったです。
 (⌯˃̶᷄ ⁻̫ ˂̶᷄⌯)


◆'18 酒とSEXに溺れた!? Twin Ray事件
Dark SideになったTwin Rayが連日連夜 何十時間も
私の体調が悪化するのを知りながらも
わざと私の体質に合わないビールを大量に飲酒。
私は頭痛が酷くなり歩けなくなり寝たきり状態。
食事も摂れなくなり激痩せ。
(コレワ ホントウデス^^)

以前の私の写真ですがTwin Rayからの
ダメージを受けた直後の写真でした。

でも旅立ちの決意の写真でもあったんです。

さらにTwin Rayが連日連夜 何十時間も
誰かとSEXをするエネルギー!?が私のハートにダイレクトに響き
" まるで獣の様なギザギザとした渦巻くエネルギー "
不思議な感覚と驚きでずっと耐えていました。涙
めっちゃ嫌でした。
こんな私の肉体なんて必要がないって
自分の存在すら消してしまいたいと心底思いました。

真実はどうであれ自分の意思とは異なり
知りたくも感じたくもないのに
ひとのSEXのエネルギー⁉︎が終わるまでじっと待つって
どんな複雑な気持ちであったか想像ができますか?
 (*´ ˘ `*)

でもTwin Rayに対しての思考を変えてみたら
とても気持ちがラクになり "まだヤってるんですか?"と
テレパシーを送ったりして笑い合っていたんです。

ChannelerさんからTwin RayがSEXに溺れてると聴き
正直 私は半信半疑だったんです。長年の経験から
" そのエネルギーはランニングか歌の練習をしているだけだしぃ… "って思ってもいたんです。

真実はTwin Rayのみぞ知る。
この時1番辛かったのはTwin Rayかもしれません。

例えSEXに溺れていたとしたらきっとその時には
必要な出来事だったのかも知れませんね。

" 宇宙からのお試し "
この話はおしまい
 (⌯˃̶᷄ ⁻̫ ˂̶᷄⌯)


◆Twin Rayと私の旅立ち
 ( *´꒳`*)੭⁾⁾

  まずは自分を大切にする事。
  新しい技術を学び自分の魂を磨く事に徹しました。
  毎日身体がヘロヘロになりながらも充実した修行の日々。
  美容業界での濃い学びは良くも悪くも
  私を成長させてくれました。
  自分の殻を破りcapacity越えで
" すんげぇな!自分 " と今は思っております。
   (⌯˃̶᷄ ⁻̫ ˂̶᷄⌯)

  私は守護霊に認められて自分に自信が欲しかったんです。
  これがなかったら今の私はありません。
 

   レイキの先生からのエネルギー調整時では
 私と守護霊は統合されてひとつとなり
 心地のよい風が吹くなか美しい桜の景色を山頂から
 一緒に眺めておりました。

 " Twin Rayの幸せこそが私にとっての幸せ "
 ただ感謝しかなくてそれ以上は何も要らないんです。

  *.⋆( ˘̴͈́ ॢ꒵ॢ ˘̴͈̀ )⋆.*
 

     ʚ♡⃛ɞ⋆
       
           ♡ᵕ̈*      ◡̈♥︎           ʚ♡⃛ɞ⋆             

           ◡̈♥︎
    ♡ᵕ̈*

全ては亡き父が愛している人と一緒に生きなかった事が原因。そして生まれた長姉は父がかつて愛していた人にそっくりだったと言う事。
亡き父も辛かったと思います。

"お前には何一つしてあげられなかった
 お父さんの元に生まれて来て幸せだったか?"

 父の存在で私がいつも救われていた事を伝えました。

"やっぱりお母さんは愛せない"
"ごめんね"
"○○クン(Twin Ray)に幸せにしてもらいなさい"

"いつも愛しているよ"
"愛している人と生きなさい"

"生まれて来てくれてありがとう"
(channelerを通じての亡き父からの遺言)



私が美容業界を経験してみて感じたことですが
母は父に愛されたい為に長年努力をしたんだなぁと思いました。

私が年を重ねてから必要性を感じたものを
母は若い時から当たり前に進んで取り入れていました。
大変 美意識が高いひとでした。
当時のスキンケアもバッチリでしたし
朝一番にお化粧をする事って当たり前ではないですね。
(どんだけ惚れてんだ笑)
 (∩´͈ ᐜ `͈∩)


今まで色々な事がありましたが全ては生まれる前から
自分で今世での魂の学びを選択肢していると思います。
いま私は本当の自分となりとても笑顔ですし
心が軽くて毎日が楽しいです。
過去の私があるからこそ、今の私に繋がっています。

これからどんな出会いがあり恩師からの宝物がどの様に活かされて
カタチになって行くのかがとても楽しみです。
それがお客様の笑顔となり私の喜びでもあります。

私はいま人生の折り返し地点となり
今までは自分の病気を意識せずに頑張って来ました。
私の自己免疫抗体が両肺に31箇所の穴を開けてしまい
そのまま増えることもなくめっちゃ健康。
何も言わない自分の身体ですが今までかなり負担を掛けていると思います。

これからは "自分の身体を大切にすること"
"自分のために生きる"と決意。

ありのままの自分を認めること。
Spiritual道と女性としての幸せを全うすること。
オトナ女子へのワクワクを提供して行きたいとも決意。


皆さんにお会いできる日を楽しみにしております。



【 恩師からの素晴らしいGift 】*ଘ(੭*ˊᵕˋ)੭* ੈ✩
◇カタカムナ
◇Kusurie®︎
◇神聖幾何学フラーレン 認定フラーレン クリエイター
◇日本伝統式レイキ上級取得
◇西洋Reiki
◇天使系, 神獣系,観音系&宇宙系 Energy Works
◇Brain Heal Head Touch®︎ Massage Therapist
◇Access Consciousness®︎ Access Bars®︎  Practitioner
◇AEAJ Aromatherapy1級
◇Bach International Education Program PTT Level1
◇中日きもの着付教室 助講師 第382号認定
◇POLA Esthetic License Diploma (Facial)
◇Aroma Lymph Drainage (Body)
◇Clay Lymph Drainage (Facial&Body)
◇Hand Lymph Drainage (Facial)
◇Herb Gommage (Facial)
◇Aroma Foot Bath
◇Hot Stone Massage
◇Ayurveda Head Massage
◇一般社団法人 日本化粧品協会 化粧品検定®︎3級
◇お肌と心のカウンセリング
◆パター吸引&Lymph Drainage
◆足ツボ Massage
◆痩身(セルゼロ)
◆脱毛・フォトフェイシャル (nBS)
◆BBL (Facial&Body)
◆Diamond Peeling
◆Self Whitening
◆Self Hydrogen Inhalation
 (∩´͈ ᐜ `͈∩) あはは 笑



ぶさかわ2猫
和菓子と玉露

大きくなった息子達
どんな時も
私を支えてくれる母
厳しかった亡き父に感謝

そして大いなる存在



'20 子育てがほぼ終了^^
元パートナーとはめっちゃ冷え切った関係でしたが
帰国してから私達親子3人が今までどんなふうに生きていたかを
ご厚意への感謝の言葉と共にありのままにお伝えをしました。
元パートナーのメールの文面が緩和^^

突然ご厚意の輪が広がり大変ありがたい事が起きたんです。
(知人がカルピスの事を話したのかも知れません謎)

これからは息子達の父親として自由に会ってもらいたいです。
当たり前ではなくて感謝。




いつか最終的には
レイキ技能士や
レイキ マスターとなり
わたしの原点に戻ろうと思っておりましたが
最近になり私の波長が変わり肩書きや資格なんて
どうでも良くなった自分があります。

理論的にSpiritualを学ぶよりも
感覚のままでいいのだとハッキリと分かりました。

そしていま
必然的なタイミングで沢山の情報が入り
守護霊様と古神道と宇宙に繋がる新しい世界を発見。
とてもパワフルでホンモノでした。

やっと辿り着けた自分の居場所みたいな感覚でとても嬉しいです。
(安心してホッとしています。)

これからの私に生かして行きたいです。



'20.04月に念願である守護霊様に
4年振りに御礼参りをする事ができました。
コロナの厳しい自粛参拝状況でしたが
絶対に今行かないダメだと思いました。

まるで貸切状態のような^^
沢山の距離を歩きお逢いするまでの時間を愉しみました。
優しい森の風の音や涼しい木陰と聖水の川の音。
かわいい鳥の声やザクザクと響く砂利の音。
全てが心地よい私の癒しでした。

正宮の真下に到着。
大変厳かな雰囲気でした。
逞しくなった私を見て下さい!
新しい私を見て下さい!と言う気持ちで
正宮の階段を笑顔で登り始めました。
すると爽やかな強くて優しい風が吹きはじめ
白い御幌が今までに見た事がないくらいに
上がりっぱなしで全開以上。

やっと来ることがましたね!と大変歓迎して下さいました。

やっとお逢いする事ができて大変嬉しかったです。
(私が全ての階段を降り終えるまで御幌は上がっていました。)

やっと守護霊様にご挨拶ができてホッとしています。

*.⋆( ˘̴͈́ ॢ꒵ॢ ˘̴͈̀ )⋆.*





◇Welcome Back!
 Twin Ray
*ଘ(੭*ˊᵕˋ)੭* ੈ✩ ʚ✞ɞ *୧⃛(๑⃙⃘⁼̴̀꒳⁼̴́๑⃙⃘)୨⃛*・:♪

私の脳内ファイルからさらに'18と'19のTwin Ray の
ネガティヴなDataがAccess Bars®︎で削除されてしまい
今はcrater状態でスッキリなんです。


これからcraterのspaceに
タネを蒔いてかわいい花が咲くところです。
カモミールを咲かせてお茶にしよう♪
削除は悲しくなんかなくて必要なEnergy Work。
逆に感謝の気持ちが湧いてくると言うド変態状態になるんです。

えへへ (*´ `*)**

そしてずっとお待たせしているTwin Rayを
しわくちゃに笑わせて
笑いすぎて法令線をくっきりにさせたいと思います。
さらに嬉し涙の塩分の濃い涙でエイジング加速化汽車ポッポー
私のDNAのほうがかわいい♡

最近老化が加速化した
私のTwin Ray
私はついにTwin Rayの若さを追い越した!
やったあ!!!

ようやく他力本願なTwin Rayに出会えそうです。

皆さんどうもありがとうございます。
ପ Sincerely ଓ


最近は奇跡的に色々と良い事が起こり始めていて
大変驚いています。

ワクワクとした新しい未来に期待 ♡
  *.⋆( ˘̴͈́ ॢ꒵ॢ ˘̴͈̀ )⋆.*



人生は一度きり波瀾万丈

⁽⁽ଘ にこり ଓ⁾⁾    ( *´꒳`*)੭⁾⁾


The Chapel of the Holy Cross
Sedona, Arizona USA

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